いつか帰るところ


 

ロックアックスに向かった城主とのその姉が重傷を負った、という知らせを聞いたとき、どこかで、いつかこうなるのではないか、と思っていた自分に気付いた。

知らせを受けて兵をやり、医務室へ向かう。
運ばれてきたナナミを直ぐにホウアンが医務室に運ぶようにと指示していた。
あり得ないくらい、血の気が引いた。
城中がざわめいていた。それが、彼女がどういう人間であったかを物語っている。

医務室の前で、いつもより数倍大きく感じる壁一枚を隔てて、シュウは彼女のことを思っていた。
どこで間違えた?と問うてみても、うまく展開できなかった。
自分も存外普通の人間だ、とくだらないことを思っていると、不意に扉が開いた。
ホウアンが顔だけ、のぞき込むようにしてシュウを呼んだ。シュウさん、ちょっと、と。


部屋に入ると、薬品独特の匂いが鼻を突いた。これは、生きている者からは感じられない匂いだ。
ベッドへ向かうと、そこには真っ白な顔をしたナナミが、横たわっていた。その姿が、いつもよりも数倍小さく見える。
嫌な予感がした。
ホウアンの方を見ると、静かに、ナナミには解らないように、目を伏せた。
その目が、もう助からない、と告げていた。


シュウはナナミの横たわるベッドの側に椅子を引いて座った。
血の気のない頬に触れたら、彼女はふ、っと目を開いた。
その目が、自分を見ていた。多分、もう、それ以外のものは映らなかっただろう。


「ね……わたし、やっぱり、あなたのことが嫌い…よ。」
顔を歪めながら、苦しそうに息を吐く。

「わかったから、喋るな。」
「こんな風だから……きっと、わたしの最期は、あなた…なんだ…」
ふふ、と、笑って、また少し顔をしかめる。もう、見ていられないと思った。ナナミがシュウの手を取った。
「…黙れ。」

「わたし、たち…勝てるよ、きっと。ね、約束してね…あの子のこと、守ってね。あなただから、言うね。」
「頼むから…黙ってくれ」

こんな時でも、彼女の口をついて出るのはたいせつな彼女の弟のこと。
そして、自分も、彼女の居なくなった後の彼のことを、考えていた。こんな時でも。
矢っ張り、自分とこの少女は似ている。どうしようもなく、莫迦だ、と思う。

ナナミの息が上がってきた。恐らく、最後に伝えるべきことを言って、安心したためだろう。
「ね、シュウさん…わたし、大…丈夫よ。でも…ごめん、さよならだよ……」
言うと、ナナミは静かに目を閉じた。二度と開くことの無いだろう目から、涙が一筋、流れていった。

「やめろ、」
「……………………………」


繋いでいた小さな手から、魂がこぼれ落ちた気がした。彼女は、去っていったのだ。



全てを取り乱して泣き叫ぶほど、もう自分は若くないと知っていた。
ただ残ったのは絶望的な空虚感だけ。
それでも。
彼女との約束を果たさなければ、と思った。


アップルが火のカードを引いたとき、あの少女のもとへ行ける、と、ふと思った。そう考えると、この作戦はあながち悪くない。


ビクトールが助けにきたとき、あの少女の声が聞こえた気がした。


大嫌いだから、まだきちゃ駄目よ。約束、したでしょう?


ああ…そうだった。まだ、死ねないのだ。彼女の大切な弟を、みていてやらなければ。


死を選ぶのさえ、彼女に左右されている。


「おれも焼きが回ったな。」
ふっ、と笑みが零れた。


その後、彼は彼女の弟の側で生涯務めることになる。

 


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