「わたし……ゆるさない!ゆるさない!ゆるさない!」
「…許して貰おうとは、思ってない。」
「……っ…………」





目にすれば失い、口にすれば果てる







部屋に戻って、弟がやっと寝始めても、ナナミのもやもやは晴れなかった。


あのひと、全部持っていくつもりだ。そんなの、悔しい。

寝ている弟を起こさないようにこっそり部屋をでて、階段を降りる。
一つ下の階の、誰もいない廊下を歩いて、鬼の軍師と呼ばれている人のいる部屋の前に立つ。
すう、と大きく息を吸って扉を睨み付けると、勇気を振り絞ってドアを叩いた。


「シュウさん、わたし」


夜中にしては大きな声で、ナナミは声を掛けた。寝ているかも知れない、とは思わなかった。
あの男が自分より早く寝ているところを、見たことがない。

「なんだ。」

案の定返事が返ってきた。名前を名乗らなかったのに、相手は自分のことを認識していたようだった。
ナナミはそのことに、少しだけ安堵した。
「入っていい?」
といいながら、ナナミは執務室のドアに手を掛けて部屋の中に入っていった。
相変わらずこの部屋には生活臭というものがない。
自分たちの部屋と同じ造りになっているはずなのに(多少は狭いが)、この違いは彼の気性からくるものなのだろうか。

「帰って寝ろ。」
執務室の机から顔も上げずに、この部屋の主は言い放った。
「うん」
しかしナナミは言葉とは正反対な行動を取った。
ずんずん歩いて、書類が山積みのこの部屋の主の机に近づく。シュウがそこでやっとナナミの方を見た。まだ、ペンは持ったままだ。

「……わたし、悔しいの。あなたが全部、持っていってしまうから。」

「…怒っているのか。」

「怒ってないわ。狡いって思ってる。わたしのほうが、ずっとあの子のこと、思ってるのよ。」

「知ってる。」

ナナミは殆どスペースのない机に腰掛けた。
机の上はナナミが理解できそうもない書類や蔵書、広げられっぱなしの地図に占領されていた。

「ねえ、わたし、あなたのこと、嫌いよ。大嫌い。」

「そうか。」

「自分だけで全部背負っちゃう人なんか、きらい…」

ナナミの右手が鬼軍師の頬に伸びた。指先でそうっと触れる。
シュウが顔を上げ、視線が絡まった。小さな手を、大きな手が包み込んだ。

「………知ってる。」


帰って寝ろと言ったのに、仕事をしているうちに何時の間にか寝てしまった城主の姉を執務室の自分のベッドに運び、シュウは溜め息をついた。
多分、この少女と自分は誰よりも似ている。
だからこそ、彼女には背負わせないと決めた。それは、自分の仕事だと。

ふと窓の外を見ると、雲の切れ間から満月が見えた。

どうかこの少女が、いつまでも、自分を嫌いでいてくれますように。

彼女のしあわせを願った。

 


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