ギンが居なくなったのも、こんな雪の降る日だった。



無くしたものは




寒い、と思って自室の窓の外を見たら、ちらちらと雪が降り始めていた。松本乱菊は死覇装の袖を両手の指先で引っ張って、自分の身体をきゅうと抱きしめた。
今日が非番の日だったら良かったのにな、と恨めしそうにもう一度外を見たが、一向にやむ気配はなさそうなうえに、強くなりそうだったので、乱菊は諦めて、自室を出ることにした。


まだ勤務時間までは結構な時間があった。
乱菊は瀞霊挺の十番隊隊舎までの道のりをぼんやりと歩いていた。
このぶんだと帰りは確実に積もるだろうな、と苦笑して、ふっと息をはいたら吐息は白く天に吸い込まれていった。


ああ、冬なんだな、と当たり前のことを思った。


ギンと初めて離れた日も、冬だった。
あのころの自分にはギンしか居なかった。それが無くなって、初めて自分のことを考えた。
死神になろうと思ったのは、それでも生きようという意志が勝ったからだ。



寄り道をするつもりはなかったのに、いつもと違う道を通ったら小さな公園にもう雪が積もっているのが見えて、思わず立ち止まってしまった。
真っ白に埋め尽くされて見えない地面は、まだここを訪れた人間が居ないということを物語っている。
何となく優越感を持って乱菊は足を踏み入れた。
さく、さく、と雪を踏む音が心地よくて、自然と顔が緩んだ。
手袋をしていない手で雪の固まりを作ってみる。


学院に入ったら、ギンがいて吃驚したのと同時にああ、やっぱりな、と思う自分が居た。
自分はギンを追いかけてきたのだろうか、と自問自答してみたけれど、その時はそうかもしれない、としか思わなかった。


それから学院を卒業して、ギンは護挺十三隊に入隊し、後を追うように自分も入隊した。
もうあの時のような何か強い想いを抱くことはない。
でも、それは自分が(年齢的に)おとなになった所為なのか、それとも自分が変化した所為なのか。或いは、彼が変わったのか。

ギンしか見えなかったあの頃と今と、どちらが良いとかそういう問題でもない。
ただ一つだけ思うことは、今自分が居る居場所を、欲していた自分を認識している自分が居る、ということ。


白い白い世界は、乱菊に自分の上司の斬魄刀を思い起こさせた。
思えば彼が十番隊の隊長職に就いてから、少しずつ何かが変わった気もする。
自分ともギンとも、他の誰とも違う彼に、最初は戸惑うことばかりだったが、自分の世界を良い意味でも悪い意味でも壊したのは多分この上司ではないだろうか、とふと思ったことがある。
多分、本人は全く気付いてなんかいないだろうけれど、と乱菊は苦笑する。


もう行かなければ。
時間を忘れて考え込んでしまうなんて、年かしら、と思いながら元来た道を戻ると、入り口のところに小さな雪の塊が置かれていた。


兎だ。
誰かが作った雪兎が赤い目をして乱菊を見上げている。


自分も、ひとりぼっちの兎だった。寂しいのに泣けない兎は、そのまま本当の気持ちを凍らせて、此処まで来てしまった。

「…もう、終わりにしなきゃ、ねえ。」
兎に向けて話しかけながら、手袋をしていない手でその小さな頭を撫でて、立ち上がる。
二三歩歩いたところで、
「………あ、」
と足を止めた。

やっぱりひとりは寂しいか。

乱菊は引き返して、雪の塊を作り始めた。そうして出来たのは、いびつな形の雪兎。
それでも、ひとりより良いよね、と問い掛けてふっ、と笑うと、今度は振り返らずに隊舎へと歩きだした。



「……遅刻」
執務室に入ると既に彼女の上司は彼の文机の積み上がった書類に目を通していた。
「すいません。早起きしたんですけど、」
ファーを取って自分の机に向かう。部屋の中は暖かかった。

ふと、日番谷が気付いたように乱菊の手を見た。
「………お前、手、真っ赤だぞ。」
言われて手を見たら、手袋をしないでいた手が赤くなっていた。
「あー…兎を、作ってたんです。」
良い年して笑っちゃいますよね、と笑う。とその手を引っ張られた。そのまま自分よりも小さな手のひらのなかにおさまる。

「……つめてえ、」
「隊長の手は、暖かいですね。」
何故か泣きそうになって目を閉じた。



ねえ、ギン、あんたはどうしたかった?
あたしは、「寂しかったよ。」って、言いたかった。
ただそれだけのことが、物凄く遠かった。だから、お互い、ひとりぼっちだったのかもしれない。


そんなに簡単に割り切れるわけではないけれど、自分には、この手がある。もう、ひとりぼっちの兎では、多分、きっとない。
それでも、あの頃ギンと居たというその時間が大切なことに嘘はない。


どうか、あの兎みたいに彼が今もひとりではないように、と願った。



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