彼女にしてみれば、どうということでもないのだろうけれど。





first kiss






十番隊の執務室は、ちょっとした騒ぎになっていた。
というのも、先日十番隊の所轄で虚が出没し、討伐に出掛けた隊員たちが、変わったものを持ち帰ったからである。
「なんでしょうね、これ。」
執務室の長椅子に腰掛けて、乱菊はその目の前の机の上に置かれたガラスの瓶を見つめた。
その瓶は変わった形をしていて―、上の方がいくつか窪んでおり、そこにビー玉が詰まっているのである。

そう、所謂ラムネである。

隊員たちによると、既に虚になりかけていた少女を助けた所、好きなものだから、とくれたのだそうだ。
そうは云っても飲み方がわからない。わからないから取り敢えず氷で冷やしておいたのだが、誰も飲もうとしない。
仕方がないので、じゃああたしが、と云って乱菊が休憩時間に飲むことにしたのであった。
「…さあな。おまえそれほんとに飲むのか?」
長椅子の後ろから返事が返ってきたので、乱菊は瓶に手を伸ばして、後ろを振り返った。
「だって、勿体無いじゃないですか。このままだと、誰も手をつけませんよ。」
「そりゃそうかもしれねえけど…腹壊すなよ。」
「はーい。」
云ってから乱菊はふと瓶を見た。
「隊長。」
「なんだ。」
「これ、どうやって開けるんですか?」
「あぁ?」

ラムネの瓶は上にビー玉が詰まっていて、逆さにしても一滴もなかの液体が出ない。こっちの世界にラムネというものは無いので、仕方が無いと云えば仕方ない。
しかし、ここで諦められないのが松本という女の性格だった。
「貸せ松本。」
日番谷はラムネの瓶を乱菊から受け取ると、暫くじっと見つめた後、多分、こうだ、と云って上部に付いていた真ん中だけが突出しているプラスチックの蓋状のもので詰まっているビー玉を思い切り押した。

シュッポン、という音がして、飲み口から小さく白い煙が立ち上がる。何となく甘い匂いが漂った。
「ほら、開いたぞ。」
差し出された瓶を、隊長すごーい、と云いながら受け取り、乱菊は恐る恐る口を付けた。
「あ」
「どうした?不味いのか?何か入ってんのか?」
「ふふ、美味しい。うん、懐かしい味がします。」
「は?懐かしい?」
訳わかんねえ、と云うと、
「隊長も飲んでみますか?」
どうぞ、とラムネ瓶を渡されて、普段からしわの寄っている眉間が更に深くなった。

ていうか、このまま飲むのかよ…
と、日番谷は心の中でひとりごちたが、当の本人は全く気にしていないようである。
自分だけ意識するのは癪なので、顔色を変えないように一口飲んでみた。
「…あー、確かに懐かしいという感じの味だな。」
ラムネは思ったよりも美味しかった。
子どもの頃(といっても今だって子どもといえば子どもであるが)、雛森と炭酸水を飲んだことを思い出した。
死神になったら名前で呼んであげるという、子どもの約束1つのために死神にはなったが、もう遠い昔の「過去」である。
そんなことを思い出していると、ふと乱菊が悪戯っぽく云った。
「隊長、間接キスですね。」
ふふ、と笑った顔に何も云えなくなった。

「……莫迦云え、」
この書類提出してきます、と立ち上がって執務室を出て行く背中に向かって、日番谷はひとり、呟くのが精一杯だった。

 


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